本藍染矢野工場 矢野 藍秀×オリム 西澤光晴

story 01 ・ 徳島 本藍染めストール

徳島

本藍染矢野工場

矢野 藍秀

今治

オリム

西澤光晴

江戸時代と変わらない
「本藍染」を
繊細な
二重ガーゼのストールに。

今治から、日本全国の産地へ。新しい伝統的ものづくりを目指して、各地の伝統技術とのコラボレーションの旅へと踏み出したオリムがまず訪れたのは、同じく四国の徳島でした。
民藝運動の父・柳宗悦も「藍の王様」とたたえる「阿波藍」の産地として名をはせたこの地で、江戸時代から変わらない天然素材を用いた「本藍染」に取り組む本藍染矢野工場。
その類まれな染めの技術によってオリムの本藍染ストールが生み出されたストーリーと想いを、藍染師の矢野藍秀氏とともに振り返りました。

「高級品」になってしまった本藍染を、
もっと身近なものにしたいんです。

西澤(オリム):
私たちオリムには、愛媛県で今治タオルをつくりつづけてきたという背景があります。今回、日本各地の伝統技術とのコラボレーションに取り組もうと決めたとき、「やはり同じ四国・徳島の本藍染は外せない」と考えました。いろんな藍染職人さんに話を聞き、染工場へ足を運んだのですが、その中で矢野さんに「ぜひお願いしたい」と考えたのは、本物だけを追求する「ものづくりへの姿勢」に感銘を受けた点が大きかったです。
矢野(本藍染矢野工場):
藍染の世界では、昔ながらの天然素材を用いた「本藍染」もあれば、化学薬品を用いた「割建て」を行う人もいます。現在、徳島で本藍染に取り組んでいる染屋は、残念ながら数軒しか残っていません。本藍染は生産量が少なくなってしまったことで、高級な染め物のようになってしまっているのが現状です。もちろん、本藍染の着物も非常にいいものではあるのですが、藍は本来、もっと身近なものでした。明治時代に来日した作家のラフカディオ・ハーンは、「この国の人々は皆、一様に青い衣を着ている」と驚いたそうです。もっと日常のなかで普段遣いしてほしいという想いをずっと抱いていたので、今回の製品を通して、新しい時代の藍の使い方が広がってくれればありがたいですね。
西澤:
おっしゃる通り、日常で使ってこそですよね。
矢野:
藍は、そうしてこそ本領を発揮できる素材なんです。肌にやさしくあせもができづらく、紫外線もカットできますし、防臭や防虫の効果もありますから。
矢野(本藍染矢野工場)と西澤(オリム)対談の様子

「矢野さんの染めに見合う織物を」と、
生地の繊細さを追求した4年間でした。

西澤:
初めて矢野さんにお会いしてその仕事と姿勢に感銘を受けたのですが、実際に染めをお願いするのなら、私たちもそれに見合う織物を用意しなければならないと考えました。試行錯誤して、今治ではオリムにしかできない繊細なストール生地とデザイン性を追求した結果、それまで使っていたタオル織機をストール用に改良することにしたんです。私たちは一般的なパイル生地のタオルのほかに、二重ガーゼのタオルも製造していましたが、素材を変えれば、非常に肌触りが良く美しいストールができると考えました。ただ、そのままだとストールの端がタオルのような形になってしまいますので、織機の改造が必要になったんです。素材は、エジプト綿という繊維が長く細番手の糸だけを用いることで、極限まで繊細な肌触りと光沢のある上質な生地を目指しました。今治でもこの生地を織っているのは、オリムだけじゃないでしょうか。こうした織機の改良、それに「整経」という糸を巻く技術の訓練も必要となったので、結果的に4年も矢野さんをお待たせすることになってしまいました。
西澤(オリム)
矢野:
私たち染め屋は、その生地が藍と相性が良いかどうかを判断するとき、手だけでなく舌でも触れてみるんです。オリムさんの生地は非常に素材が柔らかく、「これはいいものになる」と直感しました。
西澤:
最初に矢野さんに生地をお渡ししたときに「素晴らしい生地」と褒めていただいて、とてもうれしかったのを今も覚えています。本当にいろんな生地を染めてこられた矢野さんに言っていただけると、その重みが違いますから。
矢野:
藍は粒子が大きく、繊維の表面に付着する染料なんです。染めた後に空気中の水分を吸うので、さらに風合いがよくなるのですが、染める前からとても良い触感でした。また、これだけ柔らかいと、染めたときにも非常に細かい模様が出せるんです。
生地を触っている様子
天然素材で染める「本藍染」
葉藍を発酵させた植物染料「蒅」

葉藍を発酵させた植物染料「蒅」

藍染の原料は、タデ科の一年草「藍」の葉です。これを乾燥させて「藍寝床」に積み上げ、地下水をかけて発酵させることで、葉藍の中の色素を閉じ込めます。こうしてできあがった植物染料を「蒅(すくも)」と呼びます。

「藍甕」の中で藍を建てる

「藍甕」の中で藍を建てる

矢野工場では、俵の中で1年以上乾燥させた「蒅」を、床に埋め込んだ「藍甕(あいがめ)」の中に入れ、木灰の灰汁や石灰を加えて藍液をつくります。「蒅」はそのままでは水や湯で練っても色は出ませんが、この「藍建て」と呼ばれる工程によって染められる状態になります。

液面に浮かぶ「藍の華」

液面に浮かぶ「藍の華」

藍甕は毎日欠かさず竹の棒で撹拌され、液面には「藍の華」と呼ばれる泡が浮かびます。矢野工場には16の藍甕がありますが、ひとつの藍甕を、1日おきに染めに使います。休んでいる間に、発酵してまた色素が出てくるので、それをまた染めに使うのです。建てられた藍は、3カ月ほどで色を出さなくなります。寿命が近づくにつれて、藍の華の色は、次第に青みを失っていきます。

「若い藍」と「年寄りの藍」

「若い藍」と「年寄りの藍」

建てられたばかりの若い藍は色素が多いため、繊維に食いつくようによく染まります。ただ、藍は繊維の表面に粒子が付着することで染まりますが、若い藍は粒子が大きく落ちやすい側面もあります。そのため、水洗い・中干しを経て、今度は年寄りの藍で染めます。こうすることによって、堅牢性の高い藍染となります。化学薬品を使った藍染とは異なり、洗濯したときに色移りすることはほとんどありません(素材や使用する洗剤によっては色移りする可能性があります)。

「使う・洗う」を繰り返すことで
藍の透明感は、さらに増していきます。

西澤:
今回、2種類の染め方をお願いしました。ひとつはマダラの「こもれび」で、もうひとつはグラデーションの「さざなみ」ですが、どちらも非常に美しい柄に仕上げていただきました。たとえば「こもれび」については、絞りの柄が一定ではなく不規則・不均一に出るようにとお願いしましたが、本当に期待以上の美しさになったと感じています。
染めた生地を触っている様子
矢野:
藍染にはさまざまな染めの技法があります。針・糸を使って蝶や花を緻密に描くこともあれば、生地を寄せてランダムに糸で結ぶ技法もありますが、今回は「箱ろうけつ」という生地を濡らしてひだをとっていく技法で染めました。オリムさんの生地は非常に繊維がやわらかいので、一度ひだをとると戻ろうとせず、そのままクセがつくので絞りの模様もハッキリ現れるんです。藍をよく吸う素材でしたので、絞って抑え込むときには繊細な力加減が求められました。
染めている様子①
染めている様子②
西澤:
柄はランダムでも、濃度は合わせていただく必要がありますからね。
矢野:
染まりが鈍い生地なら、調整もかえって簡単なんです(笑)。藍との相性が良いからこそ、神経を使った部分です。
西澤:
よく見られる絞り染めでは、染まっていないところは白が残っているものですが、今回は生地全面に藍の色が広がっています。そのうえで、藍の波紋がいくつも重なり合っているような、本当に自然な美しさがあると感じます。「さざなみ」の方も濃淡の広がり方が非常に美しいですよね。
矢野:
そうですね。ひとつの作品のなかで数種類の色を表現できていると思います。生地を半分だけ藍液に漬けて染めていくのですが、縦に繊維が走っているところでは浸透圧によって藍が上に入っていき、華のような模様が不規則に出るのが面白いところです。首に巻いていただくと、動きが出て一段と映える模様だと思います。
矢野(本藍染矢野工場)
西澤:
「あまり口出しせず矢野さんの感性にお任せしたほうが、いいものになる」という私の直感は当たっていました(笑)。織りの繊細さもそうですが、この染めの美しさは、商品を手にとって見ていただくと本当によくわかると思います。
矢野:
実際には、使っていくなかでさらに藍の透明感が増していくと思います。見た目にはほとんどわかりませんが、繊維のなかに藍色以外の色素がわずかに残っているんです。使うなかで、空気に触れさせ、洗っていくことで余分な色素が抜けていくんです。すると、本当の青だけが残る。「洗えば洗うほど藍はきれいになる」と言われるゆえんです。
西澤:
自然の原料を使っているからこその魅力ですね。そうした変化も合わせて楽しんでいただきたいと思います。

本物を追求する姿勢に共感。

矢野:
作業場を見ていただいたらわかると思うのですが、洗濯機や電動式の道具を一部使っているものの、それ以外の甕や材料は江戸時代と変わらないものを使っています。江戸時代の人々が身につけていた藍染と同じ色が出ていると思いますので、ぜひ楽しんでいただけたら。
西澤:
矢野さんがそうした「本物」にこだわるようになられたのには、何かきっかけがあるんですか?
矢野:
本藍染の染料である「蒅(すくも)」をつくる「藍師」だった義父の影響ですね。私がこの世界に入ったのも、徳島に本藍染を行う人がほとんどいなくなって「お前がするっちゅうならわし協力したるけん」と義父に誘われたのがきっかけです。義父は若い染め屋さんたちに「蒅」を配って「一人前になったら払ってくれたらいい」と援助していました。化学薬品を用いた「割建て」が増えてきたことから、「本物」を残すためにさまざまな取り組みをしていたんです。その生きざまが好きだったので。
西澤:
いいものは、やはり次の世代に伝えていかなくてはいけませんね。まずは今回の商品を通して、本物をより多くの人にお届けしたいと思います。
矢野:
日本各地の「本物」を、コラボレーションによって深掘りしていこうというオリムさんの取り組みには非常に共感するところです。私にできることは協力させていただきます。それが、藍の世界への理解を広げることにつながっていくと思いますから。
西澤:
ありがとうございます。今できる最上のものができたと感じていますが、今後ももっと面白いものを矢野さんと一緒に作っていけたらうれしいです。
染めた生地を触っている様子

プロフィール

本藍染矢野工場
矢野 藍秀Yano Ranshu
徳島

年、徳島県板野郡藍住町出身。年、阿波藍を守りつづけてきた佐藤阿波藍製造所19代目の藍師である現代の名工・佐藤昭人氏に師事。阿波藍造りを学び、天然灰汁醗酵建てによる本藍染を開始。年、日本藍染文化協会より「天然灰汁醗酵建技術保持者」の認定を受ける。年、有限会社 本藍染矢野工場を設立。年、インドネシア・ジョグジャカルタ王室より依頼を受け、バティックを制作。翌2005年には曹洞宗大本山総持寺、大法被修復藍染を担当。年、NHK大河ドラマ「八重の桜」でオープニングのタイトルバックを制作。年徳島県地域文化振興表彰ならびに、観光ユニバーサル大賞受賞。年、フランスジャポニズム2018「地方の力~祭りと文化」へ参加。

矢野 藍秀

聞き手

株式会社オリム 商品開発
西澤 光晴Nishizawa Mitsuharu
今治